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My 3cat & Drinkin muddy water

母を見送る

火葬場の関係で、1週間先になってしまったが、

19日通夜、20日告別式を執り行う。

19日は父と妻と3人、20日も母の友人を加えた4人での寂しい式となった。

コロナだから仕方ないと親戚筋も参列をあきらめてくれた。

18日は忌引きして一日手続きに充てる。

そのうち役所から連絡来るからいいとごねる父をつれ、

市役所と年金事務所に赴き、介護保険、年金等々の事務処理に丸一日かかる。

これら作業は高齢で運転免許証を返納した父では無理。

父の頑固さにほとほと手を焼くが、もう91。

とにかく優しくしていかないと次もいつ来るかわからない。

母を見送り、何か抜けた感じがする。

今年は、愛猫が亡くなり、コロナで身動き取れなくなり、

営業成績もボロボロで来年からはマネージャーではなくなる。

そして母の死。とんでもない1年であった。

来年はいいことある年で行こう。

来年2月から冬の1年目。次の春に向けて粛々と準備をしなければいけない。

母死去

11日に9年前の話を記したのが何かの知らせか、

母が12月14日2時に亡くなった。

誤嚥性肺炎の再発の知らせが来ていたが、入院には至らないと聞いて安心していた。

夜中0時に電話あり、急遽病院に連れていくという話。

その30分後、病院に来るよう再連絡あり。

2時に着いたときにはすでに息を引き取っていた。

口をぱかんと開けたまま。

息ができずに苦しかったのかな。

腸管穿孔が原因かも、とも言われた。

死に目に会えなかったよ。

ごめんな、ほとんど親孝行らしいことができなくて。

さてこれから、死亡診断書を病院に取りに行ってくる。

加賀屋

FBを見たら、9年前の今日、2011年12月11日に両親と妻で加賀屋に泊まった。

この時は初日に金沢の山科温泉、翌日が和倉に行った。

9年後の今日、母は元気だが、施設に入っている。

来週19日に妻とお見舞いに行く。

妻のことを覚えているだろうか。

父は元気に独り暮らしをしている。

さて、来年我が家の近くに越してきてくれるだろうか。

そろそろ、いろんな店じまいが始まっていく。

自分の存在価値が問われていく2020年代となる。

この大きな波を自分は乗り越えていけるだろうか。

 

退院

8月12日 やっと退院した模様。

7月28日から16日間。

ご苦労様でした。

 

3月12日 検査入院@千葉

3月18日 脳梗塞発症。ICU@千葉へ転院

3月23日 再入院@千葉

5月07日 文京区の施設入所(14日間)

5月21日 肺炎で入院@足立区

7月08日 退院、そのまま墨田区の施設に転所(20日間)

7月28日 入院@足立区

8月12日 退院、墨田区施設に戻る。

 

3月に入院してから、殆ど病院暮らし。

施設には1か月しか住んでないね。

しばらくはゆっくりできるといいのに。

退院の目途がつく

8月11日病院から電話。
・下血は当日、翌日は赤かったけども、それ以降は収まった。
・水系の下痢は結構続いていたが、だいぶ落ち着いてきた。
・血が出なくなったので、そっちの治療は終了。
・ただ、下痢がひどくて、低カリウムの治療を施していた。

・入浴した際に、手を擦りむいたのでその治療をしている。
・これから施設と確認し、今週末には退院予定。

再入院

7月28日

施設から連絡あり、入浴中に下痢をし、血が混じっていたことから、病院に搬送。

以下、担当医のコメント。

・10日ほど下痢が続いており、今日便に血が混じっていることを確認した。

・いまも下痢は続いているが、血液は混じってないようだ。

・真っ赤ではないので様子見。

・低カリウム状態。少しづつ調整する。

・低カリウム不整脈が出やすいので要注意。

・本人はいたって元気。見た目は全然大丈夫。

・ただ下痢がひどくてと、いう状況

・貧血もあり、あまりにひどくなれば、輸血もありうる。

・下痢が止まるまで食事もできないので、必要があれば中心静脈を入れます。

・退院は様子を見ないと何とも言えない。

7月8日に退院して施設に戻った。

25日に面会の予定だったが、微熱があるということで中止に。

熱が収まればまた面会をセットしてもらう予定だったが、退院するまでお預け。

母に会いたがっている父の落胆は忍びない。

 

入院記録

6月10日 肺炎はかなりの重傷。

コロナではなかった。肺から影は亡くなった。

肝臓も良くなった。一時的に低栄養状態となり、肝臓にストレスがかかったようだ。

高齢者にとって肺炎は強いダメージ。いろんな機能が落ちる。

セリー食からミキサー食に代えたが、ちょっとうまく食べれないようだ。

食べるリハビリ中だが、ちょっと荷が重そうだ。

ただ回復の伸びしろはあるので時間をかけてた方がいい。

中心静脈栄養を足の付け根から入れる。

これはリハビリのつなぎとしての栄養補強。

リハビリにはムラがあり、先に進んでいる感がない。

長くかかるようであれば、中心静脈栄養を入れたまま、施設に戻す手もある。

施設ならリハビリもできる。今週一杯で判断します。

 

7月14日(退院後ヒヤリング)

重症ではあったが、薬が効いて肺自体は良くなった。

食事のリハビリが進まなかった。長期戦となった。

あるタイミングで急に食べれるようになった。

おかゆときざみ食をよく食べていた。半人盛+栄養ゼリー

老人には半人盛りじゃないと食べる前から無理という話になってしまう。

食べれるようになってからは、元気が出て話が止まらなくなった。

回診に行くとよく捕まった。本調子になった。

ただ会話にさほど意味があるわけではない。

病院は治療食だが、施設は喜んでもらう食事。

いまは施設の食事が合っているのだろう。

ただ嚥下機能は低下している。今はとろみと柔らかさがカバーしている。

今後また肺炎になる可能性はある。肺炎のリスクは高い。

とうこつ神経麻痺で手が垂れている。

最近はマッサージで痛いと言わなくなっては来たが、

手が効かないので、平行棒等をつかむ力がない、故に歩けない。車いす

手が動かないので、上手く食べることもできない。